プライス勧告
1956年6月9日、モーア民政副長官からその一部を発表(全文は6月20日発表)。
その内容は、一括払いと新規接収の正当性を強調し、沖縄の軍事的価値を強調したものとなっていたことから、五者協議会は直ちにその反論の作成に着手。7月4日にまとめ、その後モーア民政副長官に手交。
プライス勧告に対する反論(要旨)
緒論
我々は、軍用土地問題が、沖縄住民の最重要問題であるとの認識の下に、(イ)適正地代、(ロ)地代の毎年払い、(ハ)新規接収反対、(ニ)損害の賠償という全住民の世論の支持を得た。四原則を最低の要求として掲げ、数年前よりその解決を米国に訴え続けてきた。
プライス勧告は我々のこの最低要求に対する米国議会の回答として全住民の期待と希望をかけていたものであったが、その結果が全く我々の意に反したものとなったのは残念なことである。…
それにもかかわらず、我々が大いなる不満を抱く理由は、勧告が公平の精神から出来上がっていると主張されてはいても、その公平が米国市民の立場に立つものであって、我々琉球住民のことを考慮に容れていないからである。…我々が育ってきた歴史、習慣、社会文化を十分に理解し、その理解に立脚したならば、我々の要求が完全に容認されるとの確信を抱くが故に不満を覚えるのである。一方、住民の意に反した勧告内容が米国政府の確定した政策として推進されることになれば、我々が米国に対して有している信頼と感謝の念が失われるであろう事を悲しむものである。…
一括払い
沖縄は耕地が狭く、代替地の入手が不可能に近い。労働市場が狭隘で技術的に乏しい農民には転業の機会が得られない。一括払い金を利用して他に移動あるいは転業することが不可能である。従って、受領した金額は生活資金に消費される可能性がある。土地は家の遺産であって無期限に金に代えて手放すことは祖先及び子孫に対する背信である。将来にわたり、地代について意見を述べる機会を失うことになる。
「一括払いは地主が自活するに十分な資金」というが、一戸当り平均保有地はわずか0.8エーカー(約980坪)であり、資金は264ドルにしかならない。
「一括払いは米国にとって経済上もよい」というが、これは琉球にとっては損害になる。国家の利益は金銭上のみではなく、他国との友好関係、自国の地位等も考慮に入れなければならない。金銭にとらわれて一括払いを強行した場合は、これまでの米琉関係の友情は一朝にして瓦解のやむなきにいたるであろう。
適正補償
琉球側の要求する地料が支払われたら「地主階級とでもいうべき社会を作り出すことになるであろう」というが、我々の要求はそのような高額ではない。一戸当り平均年間約165ドルにすぎない金額で、地主が働かずして生活してゆけるのに十分と考えるのは非現実的である。
沖縄における農家の生活費は一戸当り平均615.8㌦であり、要求地料はその26.8%にしかならない。しかも、軍用地主は他人の土地を借りて生活しており、その地料は軍用地料の十数倍である。1町歩(約3,000坪)以上有している地主は全農家の2.52%であり、あたかも全地主が大地主であるかの如くみせかけ、地主階級という言葉を作り出すのは非現実的である。
「琉球側の要求を受諾しないことが、米国の納税者に公平である」というが、これは米国選挙民に対するお世辞としてしか受け取れない。米国が土地を必要とするのは自由諸国防衛のためとはいえ、米国政府自体の政策のためでもある。それゆえ政策実施に必要とする経費は当然米国納税者の負担とすべきであって、琉球住民にその一部を負担させるのは公平の精神に欠けた不法の処置である。
新規接収
沖縄が面積に比較して人口の多いことは、勧告の十分認めるところである。その少ない面積の中、すでに約13%が軍用地として使用されており、今後の接収予定を合計すると陸地面積の約25%になる。しかも接収予定地の地主はほとんどが農業生計者で他に職業とすべき技能がない。更に沖縄にはこれらの人々に農地を提供できる土地はないし、八重山もこれらの人口を受け入れるには十分でなく、かつ立ち退き住民もそこへの移住を希望してない。こういう観点からも新たな土地接収は住民の生活権を奪う以外の何ものでもない。
1955年7月、新規接収によって立ち退かされた宜野湾市伊佐浜の地主は、沖縄でも一番肥沃な田畑を所有して、安定した生活を送っていたが、立ち退きにより一朝にして生活の唯一の基盤であった農地を失い、農業という職業をなくし、完全に収入が途絶えて生活の破滅を来した。これは結局、新規接収が単に土地を取るということではなく、人間らしい生活まで奪うということを示すものである。
結語
…米国的方法論と東洋的方法論の相異からくる問題の取扱い方の相違等も十分に考慮しなければならないであろう。
勧告は沖縄に対する同情心から原子力発電の必要性を説き、陸軍の採用した方法の非合理性を指摘し、あるいは新規接収を再考慮するよう促し、不用地の開放を求めている。我々の目は、この勧告の同情心がいつ執行部によって実行に移されるかを、見守っている。…沖縄の伝統的土地に対する慣習の尊重を忘れ、法律辞典の意味と同一の内容、すなわち所有権そのものの取得を意味し、実行に移されるのではないかどうかの疑問を抱いているからである。
我々の四原則という要求は、まったく正しい主張である上に、プライス勧告が我々の要求を認めてくれなかった理由は、我々の特殊事情の不十分なる理解からである、ということを知っている。…全住民の世論がどこにあるかは十分に了解してもらったと信じているし、また、我々は米国政府が理解を求めんとする、我々の特別な状況の説明には、十分の努力を尽くす準備が整えられている…。世論の国、米国政府がこの全住民の声を、決して聞き漏らすことはあり得ない。万一、政府が聞き漏らしても、米国市民の世論がその決定を覆してくれるであろうし、世界の正しき世論がそのまま承認はしないものと確信している。世論の完全なる支持に立つ四原則を反映した政策が、実施される日の近からんことを神に祈りつつ、この反論を結ぶ。
※1956年(昭和31年)7月9日に五者協議会小委員会を開き、住民組織の根幹を五者協議会とし、民間団体で組織する「軍用地問題連絡協議会」は協力団体としての参加を求めた。このため、市町村長会、市町村議会議長会、土地連合会は連絡協議会から抜けることを決めた。
※1956年7月16日、五者代表がモーア民政副長官に「プライス勧告に対する反論」を手交。その回答を求めた。
※1957年(昭和32年)1月4日、レムニッツアー民政長官が琉球土地問題に関する米国政府の方針についての声明を発表し、プライス勧告反論に対する回答として、①米国は琉球の土地に対し所有権や永代借地権(フィー・タイトル)は取得しない。②土地評価の徹底的再検討を指示した。③軍事上の目的に新規接収は行なう。④一括払い(改訂賃貸料の16.6倍)は実施する、とした。